講義録

「エホバの証人からの帰還」

林俊宏(「エホバの証人の悲劇」著者)

(当教会で講演していただいたときの講演記録をもとに、林氏が加筆、補正されたものです。)

エホバの証人問題は、なかなか一筋縄ではいかない問題です。私が「エホバの証人の悲劇」(わらび書房刊)を書いたのは今から約10年前の1997年でした。

エホバの証人は全国で研究生を含めて現在約36万人、会衆が約3100あるといわれています。日本人の約550人に一人がエホバの証人、家族など関係者を含めるとおおよそ120万人がこの問題に関わっていると推定されています。

ちなみに世界中では約550万人のエホバの証人がいます。“殺人教義”と呼ばれている輸血拒否の犠牲者は、医療統計などの推計では、年間世界で1千人以上にのぼると推定されています。毎日2人から3人がこの教義の犠牲になっていることになります。因みに輸血拒否が聖書の教えだと主張しているのは世界中で、ものみの塔だけです。

ところでよく、地方に行きますとエホバの証人は知っているけれども、なかなか問題の本質が理解できない、エホバの証人にどう接してよいかわからない、問題を抱えている人にどのように関わってよいかわからないという声を耳にします。

問題は本質を理解しないと解決することはできません。

今日は出版の経緯、これまでの読者との関わりを通して考えてきたこと、この問題から抜け出すということは何かについて体験を含めてお話します。

私がエホバの証人と関わるようになったのは今からほぼ30年前です。

別れた妻からエホバの証人になった友達から手紙を貰い聖書研究を勧められ、どうしたらよいだろうと相談を受けました。近くのキリスト教会にいって相談してみたらとアドバイスしました。妻が近くの教会に行きましたけれど、きちんと相手にしてもらえなかったということで失望して帰ってきました。エホバの証人問題の発端はきちんと問題を理解しないで対応してしまうところにあります。その時、その教会が彼女の心ときちんと向かい合ってくれていたら、私のその後の人生も大きく変わっていたと思います。

「エホバの証人の悲劇」を書くことになったのはそれからさらに20年あります。

妻はその後、ものみの塔の聖書研究を始めるようになり、その後は皆さんが体験されているような家庭での宗教戦争を繰り返しながら、何とか妻との絆を保ちながら暮らす方法はないか、また子供たちを聖書研究から引き離す方法はないかと、悪戦苦闘しながら暮らしていました。

「エホバの証人の悲劇」を執筆するようになった経緯は色んな偶然が重なって、神業のようでした。当時、私はある週刊誌の記者をしていました。

そのころ、オウム真理教事件や統一協会問題が脚光を浴びて、カルト宗教に非常に社会的関心が高まっていましたが、エホバの証人はそれほどカルト宗教としては注目されていませんでした。

それ以前に、川崎市で起こった大ちゃん輸血拒否事件(1985年6月)が起こった時にエホバの証人が関心を集めたことがありましたが、マスコミの論調は頑なに信仰を守る人達という見方で、エホバの証人をカルト集団と見る視点はありませんでした。

私が仕事をしていた週刊誌でもカルト宗教特集をやろうという企画が持ち上がり取材をすることになりました。当時の私は妻の救出も諦めていて、子供への影響を食い止められればいいとこの問題を考えていました。ただ妻が関係している宗教ということで色んな資料は集めて、持っていました。

エホバの証人は格闘技拒否とか輸血拒否の教義があり家庭や学校でトラブルは起こしているけど必ずしも他のカルト集団のような目立った反社会的な活動はしていないということでマスコミの関心も高くはありませんでした。

カルト宗教にはよく芸能人など有名人を広告塔に使うパターンがありますが、雑誌の取材にあたってエホバの証人に有名人は誰かということになり、妻から聞いていたある有名人がエホバの証人かどうか、真偽を確かめることになりました。その方は取材でエホバの証人とは無関係とわかりました。たまたまエホバの証人がもってきた「ものみの塔」や「目ざめよ!」を手にとって、関心を持ったことがエホバの証人の中で噂になったと今では解釈しています。

その取材で中澤啓介牧師に会いました。この出会いが「エホバに証人の悲劇」誕生のきっかけでした。JWTC発足1年後ぐらいの時期だったと思います。

中澤牧師と話しているうちに「実は私も妻がエホバの証人で色々困っています」といいましたところ「エホバの証人の家族などから沢山相談を受けるのですが、この問題は複雑な要素が絡んでいて実態を説明するのには骨が折れます。教義を批判した本は沢山あるのですが、できれば一歩距離を置いて社会的な視点で書かれた本があるといいのですが」という話をうかがい、それまで本を書くなどとは思ってもいなかったのですが「それでは私が書きましょう」ということになり、出版社の社長をしている友人に話しましたところ類書も見当たらないのでやってみましょうということで、取材・執筆に取り掛かりました。1997年の初めのころでした。

「エホバの証人の悲劇」の初版は3千部でした。時間をかけて売り切ればおしまいだろうと予想していましたが、10年以上経ったいまなお注文が続いています。出版不況の中ですぐに消えてしまう新刊本が多い中で、出版業界の人からは当節、珍しい本だといわれています。出版した直後から注文の電話が鳴り止まず、毎日のように読者からの切実な相談の手紙が寄せられるようになりました。否応なくカウンセラーの立場に立たされてしまいました。手紙の内容には大きく分けて2通りありました。

ひとつは元エホバの証人からの体験記でした。そのひとたちは過去を手紙によって追体験することで、自分の気持ちを整理されたかったのだと思います。本を読んでものみの塔の実態を知ってショックを受けて脱会しようとされた方からのものもありました。

中澤先生に回送してフォローしていただいたことも度々ありました。ものみの塔の戒律的な教えを守れないことで罪悪感に苛まれて自殺したエホバの証人の友人からのものもありました。

もうひとつは家族からの手紙でした。私自身、こうした手紙での相談が寄せられるとは思っても見なかったので、本当にどう対応してよいのか困った時期がありました。

ただ、手紙はどれも切実なものばかりで、何らかの返事を私に期待されているのだろうと思うと放っておくことも出来ませんでした。

元エホバの証人と家族、関係者の手紙の比率は半々ぐらいだったと思います。返事をするのも、例えば救出の説得の具体的な展開が書かれていて、例えば輸血拒否の問題について、もっと詳しい資料が欲しいというようなことでしたら対応の仕方があります。

当時は家族の方には辛いでしょうが放っておいたらどうですか、という返事もずいぶん差し上げました。中途半端な救出で失敗して却って夫婦、親子の関係がこじれてそのことで離婚や家庭崩壊につながる話も沢山聞いていました。

私自身の体験を含めて救出のための精神的負担と難しさを知っていましたので放っておくという選択もありますとご返事したことも多かったと思います。

エホバの証人は攻撃的ではないので、向こうが疲れて活動が嫌になるまで見守るのもひとつの方法ではないかと思っていました。そういう時期に、ものみの塔内部の人間関係に疑問を持ったりすることが脱会の理由になったケースも沢山聞いていました。

当時、寄せられた手紙で非常に印象に残っているものがありました。

一通は短大生からの手紙でした。その女性は母親がエホバの証人で、その方は中学生のころまで母親と一緒に伝道活動をしていたそうです。

どうしてもエホバの証人には馴染めず母親と一緒に活動できなくなって母親に負い目を感じていて、エホバの証人の活動に反対する父親はいつも暴力で活動を止めさせようとし、毎日のように喧嘩が絶えないなかで暮らしてきた家庭でした。

なぜ、自分はエホバの証人になれなかったのか、父はなぜ暴力ばかり振るうのか、ずっと疑問に思っていた彼女が「エホバの証人の悲劇」を読んで、ものみの塔というカルト集団に騙されていたことに気がつき、父も母も許せるようになって、救われる気持ちになったという内容でした。

もうひとつはバプテスマ直前に、「エホバの証人の悲劇」を読んで、ものみの搭に騙されていたことがわかったという女性からの手紙です。

彼女はバプテスマを受けたいと夫に打ち明けたところ、夫が「エホバの証人の悲劇」を差し出して「この本を読んでも気持ちが変わらなかったらバプテスマを認める」といわれたそうです。本を読んでものみの塔の教えの誤りに気がつき、夫に「騙されていました」と夫に言ったら、夫は「よく気がついたね」と一言だけ言ったそうです。

その言葉で自分は救われたという手紙でした。夫は愚かな自分をずっと見守ってくれていて、最後に自分を赦してくれたことに夫の深い愛情を感じることが出来たという内容でした。

それまで急成長を続けていたものみの塔にとって意外だったことは「エホバの証人の悲劇」が出版されたことだという、ものみの塔の関係者の話を取材で聞きたことがあります。その後、エホバの証人の数は横ばいで停滞しています。

ひとつには、ものみの塔の聖書研究を受けようとする人が「エホバの証人の悲劇」を読んで予防薬になっていること、またエホバの証人から帰還した人たちが防波堤になっていることがエホバの証人が増えていない理由に挙げられると思います。

私のようにエホバの証人の家族がエホバの証人の問題に取り組んで書かれた本は「エホバの証人の悲劇」が最初ではないかといわれています。キリスト教会の側から教理を批判した本はありますが、家族の視点で書かれた本は「エホバの証人の悲劇」が初めてといわれています。

カルトの教えが招く人格破壊や人間関係、家族関係の破壊は体験したものにしか分からない苦しみ、痛みがあります。痛いものは痛い、困るものは困る、白は白それが真実です。真実が心に入ったとき人の心は変わります。

30年間エホバの証人をしていた女性が、息子さんに勧められて「エホバの証人の悲劇」を「反対者の言い分も知りたい」と思って読んで、マインドコントロールが解けたという話も聞いております。本の中にある真実に触れて心が動いたときに人の心が動いて、エホバの証人から帰還していくきっかけになると思います。

最後にエホバの証人問題に関心のある方にお願いしたいのは予防です。

「エホバの証人の悲劇」など、エホバの証人の実態について書かれている本を聖書研究などに誘われている人に差し出すのは有効な予防策です。全国の多くの図書館に「エホバの証人の悲劇」は蔵書されています。図書館にこんな本があるから読んでみたらどうですかと勧めてください。あるいは「聖書に関心がおありでしたら近くのキリスト教会の話も聞いてみてはいかがですか」と勧めてください。

カルトは信じたらどうなるのかを伝えない集団です。誰も輸血拒否の教えに賛同してエホバの証人になるのではありません。また、しつこく勧誘するのもカルトの特徴です。黙ってエホバの証人の話を聞いていると関心があると思われて、何度も訪問を受けるようになります。カルトは関係する時間が長引くほど帰還が難しくなります。早めに「関心がありません」「もうこないで下さい」と毅然とした対応を取ることです。

また、聖書研究を始めてしまった人にはエホバの証人の実態について書かれた本を読むように薦めてください。そして聖書についてのキリスト教会の教えも学ぶように勧めてください。本当のキリスト教の教えを知ることでニセ予言を十数回も繰り返してきたような、ものみの塔の教えのいかがわしさが理解できると思います。

実際、エホバの証人だった方の体験ではキリスト教の教えを知らず、ものみの塔の教えだけが唯一本当の聖書の教えだと思い続けてきた方が結構、います。

本物が理解できないと偽物が分からないのです。そうした無知につけ込んでくるのがカルトです。カルトの犠牲者を増やさないための最善策は予防です。

家族などエホバの証人の問題を抱えている人への対応ですが、エホバの証人問題の本質はものみの塔のマインドコントロールから起こっていることを理解する必要があります。

私は最寄のキリスト教会に相談されるのが一番だと思います。もし、最寄の教会がない場合は、とりあえずこの問題に関心を持っている教会に相談してください。その教会から話を聞いてもらえそうな近くの教会を紹介してもらいようにしてください。この問題に関心がない教会もありますが、私の本などこの問題についての本や情報を牧師に持っていって問題を説明し、多くの情報提供をしてあげてください。最寄の教会につながりを持って救出などの解決方法を探すのが最良の方法だと思います。

私は本の読者から受けた相談ではこの方法を取っています。いま、エホバの証人のおふたりの女性が、私が紹介したキリスト教会に通うようになっています。教会が本当の聖書の教えを伝えることでエホバの証人の教会に対する誤解を解くことができます。

もうひとつは、エホバの証人にものみの塔の教えの誤りに気付かせることです。エホバの証人の数はここ十年、横ばいと先ほど申し上げましたが、マインドコントロールを使う、擬似宗教集団、カルトとしての本質は変わっていません。

最近、私に寄せられたケースでは九州で長老から多額の献金を強要された事件や、反対者に対する職場などへの嫌がらせや脅迫、執拗な勧誘など非常識な活動が散見されています。また、一度脱会した人への再勧誘も目立ってきています。こうした動きに対応するためにも、キリスト教会とのつながりは不可欠です。

ものみの塔も、集会の回数を減らすなどエホバの証人の負担を減らすようにしているようですが、マインドコントロールによって人格に影響を及ぼす組織手法が変わらない限り、またマインドコントロールによって黒を白と言いくるめ組織の体質が変わらない限り、その存在の危険性は変わることがありません。

私に相談を寄せてきたエホバの証人の方の疑問は「ものみの塔は誕生日を祝ってはいけないといっていますが、他のキリスト教でもそう教えているのですか」というものでした。

ものみの塔は自分たちの教えを受け入れなければ神・エホバの救い、愛は得られないといいます。キリスト教会は神の愛は信仰により一方的に与えられるものだと教えています。これが本質的な違いです。

神から見ればエホバの証人も大切な人たちです。ものみの塔の出版物を配るような人生を望んではいないと思います。それぞれの個性に見合った豊な人生を送って欲しいと願っていると思います。どうかそのことを一人でも多くのエホバの証人の心に届けて欲しいと願っています。